ツアーで育ったバンド

高野寛と宮沢和史の関係を辿ると、最初に見えてくるのは、録音スタジオだけに閉じない長い旅です。

高野の公式プロフィールには、宮沢のツアーメンバーとして海外で演奏した経歴が記されています。宮沢のソロ作品やツアーに参加していた音楽家たちはMIYAZAWA-SICK BANDとして集まり、2005年にはヨーロッパと中南米10か国でライブを行いました。

国籍も音楽的背景も異なるメンバーが、移動とステージを重ねるなかで一つのバンドになっていきます。その流れの先に生まれたのがGANGA ZUMBAでした。

GANGA ZUMBAという共同体

2006年4月、宮沢和史をボーカル、高野寛をギターに含む10人は、GANGA ZUMBAの名で活動を始めます。同年8月、最初のミニアルバム『HABATAKE!』を発表しました。

当時のインタビューで宮沢は、誰か一人のためではなく、メンバー全員の良さが出る曲作りを意識したと説明しています。高野も、宮沢の作曲への向き合い方や録音の進め方から刺激を受けたと語りました。

二人を単純に「宮沢のバンドに高野が参加した」とだけ捉えると、この変化を見落としてしまいます。ソロツアーを支える演奏者たちが、固有の名前を持つバンドへ移り、各自の個性を持ち寄って作品を作るようになったのです。

言葉と旋律を分け合った「形」

GANGA ZUMBAの活動を経ても、二人の共同制作は続きます。

2015年、宮沢のソロワークをまとめた『MUSICK』に、新曲「形」が収録されました。作詞は宮沢和史、作曲は高野寛。さらに高野は編曲も担当しています。

バンドでは、宮沢が歌い、高野がギターを弾くメンバーとして並んでいました。「形」では宮沢が言葉を作り、高野が旋律と音の姿を組み立てます。ツアーで培った関係が、ひとつの歌を役割ごとに受け渡す関係へ変わったことが、クレジットから見えてきます。

「歌い出せば始まる」で、もう一度音を整える

2021年の宮沢のアルバム『次世界』にも、高野の名前があります。収録曲「歌い出せば始まる」は宮沢が作詞・作曲し、高野が編曲しました。

「形」では高野が曲そのものを書き、「歌い出せば始まる」では宮沢が書いた歌を編曲で支えています。同じ二人でも、作品によって制作の分担は変わります。

GANGA ZUMBAの結成から15年が過ぎても、高野は宮沢の歌に新しい音の輪郭を与えていました。それは一度限りの共演ではなく、必要な場面で役割を変えながら続く共同制作です。

旅の時間が、作品の奥に残る

『HABATAKE!』、「形」、「歌い出せば始まる」。三つの作品を順番に見ると、高野寛と宮沢和史の関係は、バンドメンバー、作詞者と作曲者、ソングライターと編曲者へ移っていきます。

その始まりには、国境を越えて同じステージに立った時間がありました。旅とライブを重ねて生まれた信頼が、後年には歌を手渡し、音を整える関係として作品に残っています。二人を結ぶのは一本の固定された線ではなく、演奏と制作のたびに形を変えてきた役割の連なりです。