はじまりは、バンドよりも前に
高野寛と原田知世の接点は、pupaの結成より前にさかのぼります。二人の対談で高野は、鈴木慶一が原田のアルバムをプロデュースしていた1990年代前半、イベントで一緒になったのが最初だったと思う、と振り返っています。
その時点では、それぞれの場所で活動する二人でした。やがて同じバンドのメンバーとして、継続的に音を作る関係へ進んでいきます。
pupaで同じ場所に立つ
2007年夏、高橋幸宏の新しいバンド構想への呼びかけからpupaが結成されました。メンバーは高橋幸宏、原田知世、高野寛、高田漣、堀江博久、権藤知彦の6人です。
翌2008年、pupaはデビューアルバム『floating pupa』を発表しました。ここでの高野と原田は、楽曲提供者と歌い手という一方向の関係ではありません。同じバンドに所属し、同じ作品を作るメンバーでした。
pupaという名前は、この二人を辿るうえで大切な目印になります。後年の原田の作品にも、その時間を知る高野が別の役割で戻ってくるからです。
言葉を託した「邂逅の迷路で」
2022年、原田のデビュー40周年記念アルバム『fruitful days』に「邂逅の迷路で」が収録されました。作曲とサウンドプロデュースは網守将平、作詞は高野寛です。
制作コメントでは、原田の過去への懐かしさと未来へのまなざしが共存する曲が目指されました。高野は、原田の声と人柄を思い浮かべ、網守の旋律とサウンドに導かれながら言葉を紡いだと説明しています。かつて同じバンドで演奏した相手へ、今度は節目に歌う言葉を手渡しました。
同じ二人でも、作品の中で担う役割は変わります。pupaではバンドメンバーとして並び、この曲では高野が作詞者、原田が歌い手として向き合っています。
「頬に風」で制作の中心へ
関係はさらに続きます。2025年のミニアルバム『アネモネ』に収録された「頬に風」では、高野が作詞・作曲に加え、サウンドプロデュースとアレンジを担当しました。
「邂逅の迷路で」では言葉を担当した高野が、「頬に風」では曲と音像まで引き受けています。原田の声を中心に、長く音楽を共にしてきた相手が一曲全体を組み立てる。二人の関係が、バンドでの共演から作品提供、そして制作へ形を変えてきたことがわかります。
つながりは、役割を変えながら続く
高野寛と原田知世を結ぶものは、ひとつの肩書ではありません。
1990年代の出会いがあり、pupaで同じバンドのメンバーになり、その後は作詞者と歌い手、プロデューサーと歌い手として新しい作品を残してきました。人と人の関係は固定された線ではなく、作品ごとに役割を変えながら続いていきます。
『floating pupa』から「邂逅の迷路で」、そして「頬に風」へ。三つの作品を順番に辿ると、二人が共有してきた時間が静かに浮かび上がります。