一つのオーディションが変えた進路
高野寛と高橋幸宏の関係は、高野がまだ大阪芸術大学に在学していた時期に始まります。
高野が参加したオーディションの審査員は、高橋幸宏とムーンライダーズでした。そこで評価を受けた高野は、21歳で高橋と鈴木慶一によるTHE BEATNIKSの全国ツアーにギタリストとして参加します。
高野は後年、このオーディションをきっかけに人生が変わったと振り返っています。最初の接点は、完成した作品ではなく、これから音楽家として進もうとする人を高橋が見つけた場でした。
デビュー作をプロデュースした高橋幸宏
1988年、高野はシングル「See You Again」でデビューしました。プロデュースを担当したのは高橋です。同年のデビューアルバム『hullo hulloa』も、高橋のプロデュースで制作されました。
この時点の役割は明確です。高野が表現する新人で、高橋はその最初の作品を形にするプロデューサーでした。
ただし、二人の関係は「デビューさせた人」と「デビューした人」のまま固定されません。時間を経て、同じバンドで音を鳴らす関係へ変わっていきます。
pupaで同じバンドのメンバーになる
2007年夏、高橋の新しいバンド構想への呼びかけからpupaが結成されました。高橋幸宏、原田知世、高野寛、高田漣、堀江博久、権藤知彦の6人です。
2008年にはデビューアルバム『floating pupa』を発表。およそ20年前、高橋は高野の作品を外側から支えるプロデューサーでした。pupaでは二人とも、同じ名前を掲げて作品を作るバンドメンバーです。
育てる側と育てられる側という一方向の関係が、同じ制作の場を共有する関係へ移ったことが、『hullo hulloa』と『floating pupa』のクレジットを並べると見えてきます。
高野寛が書いた「LOVE TOGETHER」
2022年、高橋の生誕70周年と音楽活動50周年を記念する公演のために、トリビュート曲「LOVE TOGETHER」が制作されました。
公演の音楽監督を務めた高野が書き下ろし、作詞・作曲・編曲を担当。高橋に縁のある音楽家が集まったWALKING TO THE BEATS名義で発表されました。
デビュー時には、高橋が高野の歌を世に送り出しました。それから34年後、高野は高橋の歩みを祝うために、新しい歌を作る側に立っています。
関係が育つと、役割も変わる
高橋幸宏と高野寛を結ぶ線には、いくつもの役割があります。
オーディションで才能を見つけた人。デビュー作のプロデューサー。同じバンドのメンバー。そして、その歩みを祝う歌を書いた人。
『hullo hulloa』、『floating pupa』、「LOVE TOGETHER」。三つの作品を時系列で辿ると、師弟という一語だけでは収まらない関係が見えてきます。音楽を通して人が育ち、やがて同じ場所に立ち、受け取ったものを新しい作品として返していく。その長い往復こそが、二人のつながりです。