出会いは、音楽より先にドラマで
宮沢和史と小泉今日子が最初に出会ったのは、レコーディングスタジオではありませんでした。
小泉は後年、宮沢との出会いはテレビドラマでの共演だったと振り返っています。劇中では昔の恋人同士を演じ、撮影後に初めてゆっくり話したとき、宮沢からポルトガルの民衆歌ファドについて教わりました。
俳優として共有した時間と、その会話で渡された異国の音楽。それが後に、小泉のための歌「ピアノ」へつながっていきます。
『厚木I.C.』に集まった音楽家たち
2003年、小泉はオリジナルアルバム『厚木I.C.』を発表しました。宮沢和史、高野寛、永積タカシ、浜崎貴司、曽我部恵一、BIKKEらが参加した作品です。
宮沢が提供したのは4曲。「厚木」の作曲と、「モクレンの花」「ピアノ」「あの頃と同じ空」の作詞・作曲を担いました。
この一枚は、すでに別々の記事で辿ってきた人々が交わる場所でもあります。高野は「モクレンの花」や「サヨナラCOLOR」などの制作に関わり、永積の「サヨナラCOLOR」を小泉が歌いました。宮沢と小泉の関係を入口に、高野や永積へも歩いていける作品です。
高野寛が音を整えた「モクレンの花」
「モクレンの花」は、宮沢が旅先で見た花から着想したラブソングです。作詞・作曲を宮沢、歌を小泉、オリジナル版のプロデュースを高野が担当しました。
宮沢の言葉と旋律を、小泉の声へ渡し、その間で高野が音を整える。三人の役割が一曲のなかで明確に分かれています。
小泉はこの曲を、生涯大事にしたい一曲だと語っています。提供曲は、書いた人の手を離れて、歌った人自身の記憶や人生に結びつく歌になりました。
ポルトガルから届いた「ピアノ」
「ピアノ」は、二人が最初に話したファドの記憶から生まれました。宮沢はポルトガルへ渡り、現地の音楽家と録音。届いた町の写真と音を手がかりに、小泉が歌いました。
ここでは宮沢が作詞・作曲だけでなく、オリジナル版のプロデュースも担っています。小泉のために書かれた歌でありながら、宮沢自身もいつか歌いたいと考えていた曲でした。
小泉の歌から、宮沢自身の歌へ
翌2004年、宮沢は他の歌手へ提供した作品を自ら歌うアルバム『SPIRITEK』を発表します。「モクレンの花」と「ピアノ」も選ばれました。
小泉版の「ピアノ」がファドとして作られたのに対し、宮沢版はタンゴへ再構築されました。同じ詞と曲でも、歌い手と編曲が変わることで、別の感情を持つ作品になります。
「厚木」も、ポルトガル語詞と新しいアレンジを得て「2 Continentes」として収録されました。小泉の故郷を歌った曲が、海を越える宮沢の歌へ姿を変えたのです。
歌は、渡したあとも旅をする
宮沢和史と小泉今日子の関係は、単に「曲を提供した人」と「歌った人」では終わりません。
ドラマで出会い、音楽について話し、小泉の声のために曲を作る。小泉がその歌を自分のものとして受け取り、宮沢は翌年、別の編曲と自分の声で歌を捉え直す。
『厚木I.C.』から『SPIRITEK』へ。作品を並べると、一つの歌が人から人へ渡り、また作り手へ戻りながら、違う土地と感情をまとっていく様子が見えてきます。