京都で渡された一枚
大橋トリオとKitriの関係は、正式なオーディションではなく、一枚の自主制作盤から始まりました。
2016年、大橋トリオが京都で行ったライブをKitriの両親が訪れ、姉妹がまだ「キトリイフ」として活動していた頃のCDを大橋の事務所へ渡しました。音源を聴いた大橋は二人の声と音楽に惹かれ、一緒に何かを作りたいと考えます。
Kitri自身が大橋の音楽を聴いていた一方、大橋に作品が届くとは想像していなかった。聴き手と作り手の距離が、一枚の盤によって突然縮まりました。
名前と音を作り直した『Opus 0』
2017年、姉のMonaと妹のHinaは、過去の音源を大橋トリオのプロデュースで再録音します。ユニット名をKitriとし、完成させたパイロット盤が『Opus 0』でした。
ここで大橋がしたのは、すでにある音を整えることだけではありません。二人の連弾、声、少し不思議な曲の輪郭を外へ届けるため、何を残すかを一緒に考えました。
大橋は後の鼎談で、最初に声のよさに驚き、聴くほど惹かれたと振り返っています。Kitriの癖を消すのではなく、その個性を自覚できるよう背中を押しました。
『Primo』でメジャーデビューへ
2019年1月、Kitriは1st EP『Primo』でメジャーデビューします。レーベルは日本コロムビアのBETTER DAYS、プロデュースは大橋トリオです。
タイトルの「Primo」は、ピアノ連弾で高音側を弾く奏者を表す言葉でもあります。Hinaが高音側、Monaが低音側のSecondoを担う二人にとって、連弾そのものを自己紹介にした作品でした。
自主制作盤を聴いた人が、デビュー作のプロデューサーになる。『Opus 0』で確かめた世界観が、『Primo』では広く聴き手へ届く形になりました。
プロデューサーが演奏者になる「Akari」
翌2020年、Kitriは1stアルバム『Kitrist』を発表します。そのリード曲「Akari」で、大橋トリオはピアノ、ベース、マンドリンを演奏しました。
二人の中心にある楽器はピアノです。その曲で大橋自身もピアノを弾くことは、プロデューサーが外側から助言するだけでなく、Kitriの連弾が作る音の中へ入ったことを意味します。
さらに低音を支えるベースと、異なる響きを加えるマンドリンも担当しました。見いだした人と見いだされた人という関係は、同じ録音で音を重ねる演奏者同士へ変わっていきます。
スタジオで育てた「人間プログラム」
同年8月の配信シングル「人間プログラム」も、大橋トリオのプロデュース作品です。録音は大橋のスタジオで行われ、大橋自身がベースを演奏しました。
「Akari」で複数の楽器を重ねたあと、ここではKitriにとって新しいシャッフルビートとロックの感触を試しています。プロデュースは、二人らしさを一つの型へ固定する仕事ではなく、まだ鳴らしたことのない音を一緒に探す仕事になりました。
見つけることから、共に鳴らすことへ
自主制作盤、『Opus 0』、『Primo』、「Akari」、「人間プログラム」。順に並べると、大橋トリオの役割は、最初の聴き手、才能を見いだした人、プロデューサー、そして演奏者へと変わります。
Kitriもまた、評価されるだけの存在ではありません。大橋が惹かれた連弾と声の個性を保ちながら、助言や新しい楽器を受け入れ、自分たちの音楽を広げてきました。
小泉今日子の言葉へ音を着せた大橋好規を辿った先に、今度は二人の若い音楽家の世界を見つけ、支え、その中で一緒に演奏する大橋トリオがいます。一枚のCDから始まった関係は、音を渡す一方向の線ではなく、同じ作品を育てる場になりました。