歌から少し離れていた時期の出会い

原田知世と伊藤ゴローの最初の共同制作は、伊藤のソロ・プロジェクトMoose Hillの作品でした。原田は後年の対談で、当時は俳優の仕事が忙しく、歌う機会が少なくなっていたと振り返っています。

一方の伊藤は、原田の歌声を耳にして「自分の曲を歌ってもらうなら」と考えていました。二人が出会い、原田がMoose Hillの曲を歌ったことから、次のアルバムへつながります。

原田にとって大きかったのは、伊藤と周囲の音楽家たちが、暮らしと近い場所で自然体に音を作っていたことでした。その姿を見て、このやり方ならもう一度音楽を始められるかもしれないと思った、と語っています。

『music & me』を一つの世界にまとめる

2007年、原田はデビュー25周年記念アルバム『music & me』を発表しました。伊藤が原田のアルバムをプロデュースする最初の作品です。

縁のあるさまざまな作家や演奏家が参加したアルバムを、一つの世界としてまとめるのが伊藤の役割でした。原田はこの作品で、長く距離を置いていた「時をかける少女」を再び歌います。伊藤からの提案を受け、ギターを中心にした新しい形で歌えたことが、その曲と向き合い直すきっかけになりました。

歌い手が過去の代表曲へ戻る。そのすぐ隣で、同じ形を再現するのではなく、今の声に合う環境を作る。ここに、その後も続く二人の役割分担が表れています。

二人だけの時間が育てた『noon moon』

『music & me』の後も、伊藤は『eyja』など原田のアルバムをプロデュースしました。2011年からは、原田の歌と朗読、伊藤のクラシックギターによる二人だけの企画on-doc.も始まります。

教会や温泉宿、酒蔵など、普段はコンサート会場ではない場所でも演奏を重ねました。二人しかいないため、その場で起きることへ互いに応じなければなりません。その経験から、ギターと歌だけでも成立する強いメロディーを作ろうと考えたことが、2014年の『noon moon』へつながりました。

『music & me』が多彩な参加者を伊藤のプロデュースで束ねた作品だとすれば、『noon moon』は、二人が小さな現場で積み重ねた呼吸をアルバムへ広げた作品です。

生み出すことから、歌を演じることへ

『noon moon』の制作とツアーを終えた二人は、同じメンバーでもう一度作品を作りたいと話していました。そこから2015年のカヴァーアルバム『恋愛小説』が生まれます。

既に存在する洋楽のラヴ・ソングを、原田の声でどう届けるか。伊藤はプロデュースとアレンジを担い、原田はこの制作を、脚本を受け取った俳優が役を演じることになぞらえました。

二人の関係は、オリジナル曲を一緒に生み出すだけではありません。選曲や編曲を通して既存の歌を読み直し、原田の新しい歌い方を探す作業へも広がりました。『恋愛小説』はシリーズとなり、2023年の第4作まで続いています。

20年後も、新しい歌を作る

2025年のミニアルバム『アネモネ』でも、伊藤はアルバム全体のプロデュースを担当しました。公式発表では、二人の関係を「20年近くにわたる音楽面のパートナー」と表現しています。

伊藤は収録曲のうち4曲を作曲し、プロデュースとアレンジも担当しました。同じ作品には高野寛、原田郁子、川谷絵音らも作家として参加しています。高野寛から原田知世へ辿ってきた道は、このアルバムで伊藤ゴローだけでなく、さらに別の音楽家へ開いています。

『music & me』で歌をもう一度始める環境を作った人は、約20年後も原田の新しい声を支える人でした。歌い手とプロデューサーという役割は変わらなくても、作品ごとに試すことは変わり続ける。長く続く関係を、同じ音の反復ではなく、新しい歌を作るための伴走として見ることができます。