山弦から、一人の編曲家へ
小倉博和と佐橋佳幸によるギターデュオ・山弦。その片方である佐橋の仕事を辿ると、ギターを弾く人という輪郭だけでは収まりません。作曲、編曲、プロデュース。歌い手と書き手の間に立ち、一曲の響きを組み立てる仕事が見えてきます。
松たか子が2003年10月8日に発表した6thアルバム『harvest songs』は、その役割を作品の中から確かめられる一枚です。
最初の一曲、「花のように」
二人の仕事を遡ると、2001年10月24日発売の松たか子の13thシングル「花のように」に行き着きます。歌うのは松、編曲は佐橋です。
佐橋自身の言葉を紹介したRe:minderの記事では、この曲を二人にとって「いちばん最初の曲」とし、出会いのきっかけにもなった作品と位置づけています。いつ、どの場所で初対面したかまでを断定するのではなく、まず一曲のクレジットから始まった関係として捉えるのが確かです。
十曲のうち、九曲に残る名前
『harvest songs』には10曲が収められています。曲別クレジットを追うと、「ほんとの気持ち(110-Remix)」を除く9曲で、佐橋佳幸が単独または共同の編曲者として名を連ねています。
ここで大切なのは、佐橋と松の関係を私生活上の言葉で短く説明することではありません。松が歌い、佐橋が編曲した。その役割が、曲ごとの記録として残っていることです。
伊藤俊吾の歌を運ぶ「黄昏電車」
「黄昏電車」は、キンモクセイの伊藤俊吾が作詞・作曲を担当しました。歌は松たか子、編曲は佐橋佳幸です。
言葉と旋律を書いた人、歌う人、音の配置を整える人が、それぞれ別の名前で並ぶ。この一曲だけでも、『harvest songs』が松自身の自作曲を集めた作品ではなく、複数の書き手から届いた歌を表現する場だったことが分かります。
小さな歌を受け取る「パンをひとつ」
「パンをひとつ」では、ノラオンナが作詞と作曲を担い、佐橋が編曲し、松が歌っています。
「黄昏電車」と書き手は変わっても、歌唱と編曲の組み合わせは変わりません。佐橋の名前は、特定の作家の音楽だけに添えられているのではなく、異なる書き手の曲を松の歌へ渡す位置にあります。
グループが書き、二人が仕上げる「夢のほとりで逢いましょう」
「夢のほとりで逢いましょう」は、Skoop On Somebodyが作詞・作曲を担当した曲です。ここでも松が歌い、佐橋が編曲しています。
伊藤俊吾、ノラオンナ、Skoop On Somebody。三つの曲を並べるだけでも、書き手の顔ぶれは大きく変わります。その違いを消すのではなく、一枚のアルバムとして松の声へ結び直す。その接点に、佐橋の編曲があります。
Skoop On Somebodyから、佐藤竹善へ
ここでSkoop On Somebodyを一つの項目として辿ると、別の歌い手へ線が伸びます。『harvest songs』の前年、2002年8月21日に佐藤竹善は、Skoop On SomebodyがSKOOP時代に発表した「アマノガワ」を「amanogawa」としてカバーしました。公式の作品紹介は、以前から親交の深かった両者によるカバー・コラボレーションと記録しています。
佐藤竹善は「夢のほとりで逢いましょう」の直接のクレジットではありません。Skoop On Somebodyが書いた歌を松たか子へ渡した線と、同じグループの歌を佐藤竹善が自分の声で歌い直した線。その二本を分けて記録することで、書き手を起点に二人の歌い手へ進めます。
『Cherish You』へ続くプロデュース
『harvest songs』から約3年半後の2007年4月25日、松は8thアルバム『Cherish You』を発表しました。音楽ナタリーはこのアルバムについて、佐橋がプロデューサーを務めた作品と紹介しています。
「花のように」での編曲から、『harvest songs』の九つの編曲、そしてアルバム一枚を見渡すプロデュースへ。個々の音を整える役割が、作品全体を支える役割へ広がっていった流れが見えてきます。
名前ではなく、役割から辿る
山弦のページでは、佐橋佳幸は小倉博和と並ぶギターデュオのメンバーです。そこから佐橋個人を開き、『harvest songs』へ進むと、松たか子が歌った曲の編曲者という別の姿に出会えます。
二人の関係を説明する根拠は、肩書きや私生活だけではありません。「誰が歌い、誰が音を整えたか」という作品の記録そのものです。一枚のアルバムに残された九つの編曲クレジットは、山弦から佐橋佳幸を経て、松たか子の歌へ辿る道になります。