憧れの人は、自分の歌を知っていた

2018年2月16日、あいみょんは「君はロックを聴かない」で『ミュージックステーション』に初出演しました。同じ回に出演していたのが、以前から憧れていた小沢健二です。

その後のCINRAのインタビューで、あいみょんは、小沢が自分の曲を聴いていて、気さくに話しかけてくれたと振り返っています。小沢の音楽を聴くようになった理由を尋ねられ、父の影響だと答えたことも語りました。

家で聴いてきた歌の作り手が、今度は自分の歌を知っている。二人の接点には、あいみょんが歌い手になるまでに聴いてきた音楽と、歌い手になってから届いた自分の音楽が重なっています。

武道館の前に語った、王子様への憧れ

2019年2月10日、J-WAVE『TOKIO HOT 100』に出演したあいみょんは、自分にとっての王子様として小沢健二の名前を挙げました。小沢のような音楽をやりたい気持ちと、自分にはできない音楽だからこそ惹かれるという思いを、番組の記録で語っています。

その8日後、2月18日に開かれたのが、初の日本武道館ワンマン「AIMYON BUDOKAN -1995-」でした。約1万4000人に囲まれたセンターステージへ、あいみょんはアコースティックギターの弾き語りで立ちます。

この日の全18曲は、同年10月2日発売の映像作品『AIMYON BUDOKAN -1995-』に収録されています。

小沢健二にとっての1995年

あいみょんが生まれた1995年は、小沢健二がヒット曲を次々と送り出していた年でもあります。元日の1月1日には、トヨタのCMソング「カローラIIにのって」を発売。オリコンによると週間最高2位を記録し、累積売上は82.1万枚に達しました(2026年3月16日付現在)。CMで耳にした歌が、広く買われ、聴かれていたことが数字にも残っています。

続く2月28日には「強い気持ち・強い愛」、年末の12月20日には「痛快ウキウキ通り」を発売。いずれもオリコン週間最高4位となりました。年明けから年末まで、シングルが続けてヒットしていた時期です。

そして、1995年は小沢が初めて日本武道館で演奏した年でもありました。レーベルの公式記録では、同年5月9日の公演で「天使たちのシーン」を演奏した音源が、のちにCD化されたことを確認できます。

自分が武道館で歌い、ヒットを重ねていた年に生まれた人が、やがて同じ武道館で歌う。その背景を知ると、2019年に小沢が出会った「1995」という公演名は、単なる年号以上の重みを持って見えてきます。

客席にいた小沢健二と、重なった「1995」

小沢も、この武道館公演を観に来ていました。2019年11月16日の本人投稿を掲載したCOCONUTSの報道によれば、小沢は1995年を振り返る音源の作業を終えた後に公演へ足を運び、そのタイトルも「1995」だったことに驚いたといいます。

さらに、公演後にメールを交わし、あいみょんが1995年生まれだと聞くなかで、「彗星」の歌詞の焦点が合ってきたと説明しています。以前は自分の曲を聴いていた人が、今は曲を書き、その音楽が自分にも届く。その巡り合わせを、小沢自身が創作の背景として語ったのです。

あいみょんの側から語られていた憧れに、小沢の側からの言葉が返ってきました。

「彗星」に残った、音楽の往復

「彗星」は、2019年10月11日に配信された小沢健二のシングルです。ユニバーサル ミュージックが公開した公式MVの説明では、小沢が作詞・作曲を担ったことを確認できます。

この曲で辿れるのは、あいみょんとの交流が歌詞の手がかりになったという、小沢の創作の過程です。武道館で歌ったあいみょんと、客席で聴いた小沢。それぞれが作った音楽を相手が受け取る往復が、一曲の背景に残っています。

二人が向き合って話す時間へ

2020年10月4日深夜放送のフジテレビ系『Love music』では、あいみょんと小沢健二のスペシャル対談が組まれました。あいみょん公式サイトの告知にも、二人の名前が並んでいます。

音楽番組で顔を合わせ、武道館のステージと客席を経て、言葉を交わす対談へ。憧れの音楽を聴いて育った人の歌が、その憧れの相手に届き、次の歌を考えるきっかけになる。あいみょんと小沢健二の関係には、世代を越えて音楽が受け渡される、その具体的な道筋が見えます。

あいみょんが聴いて育った別の歌い手とのつながりは、平井堅とあいみょん「怪物さん」の記事からも辿れます。