デビュー間もない頃、関心を伝えてくれた人

中村 中と一青窈のつながりは、2022年の共作「あひるの涙」よりもずっと前に始まっています。

中村は20周年公演に寄せた文章で、歌手としてデビューして間もない頃、周囲から好奇の目を向けられていた自分に、一青が関心を持っていることをはっきり伝えてくれた、と振り返っています。一青の言葉の選び方から、自分には見えていなかったものを教わったとも記しています。

初めて会った日や場所までは、今回確認した資料には残っていません。ただ、中村自身が語る二人の関係の出発点には、駆け出しの歌い手を励ました先輩の存在があります。後年、一緒に曲を作り、節目の舞台を共にする関係をたどるなら、まずここから始めたいと思います。

CD棚から教わった、歌謡曲の世界

2024年のRe:minderのインタビューでも、中村は一青にデビュー当時から仕事でも私生活でも励まされてきたと話しています。親しくなる中で、一青のCD棚を見せてもらい、どんな音楽を聴いているのかを教わることもあったそうです。

中村が一青について挙げるのは、人柄に加え、心が動いた出来事を言葉で残していく姿勢です。ライブの打ち合わせで訪れたスタジオには、一青が歌うパートを手書きした紙が壁に並んでいた、とも語っています。

二人の性格は同じではない。それでも、歌謡曲への愛情がつないでいる――。中村の説明からは、作品を発表するときだけ顔を合わせるのではなく、聴いてきた音楽や言葉への取り組み方を知る時間が、共作の前からあったことがうかがえます。

2008年、『Music Lovers』で互いの歌をつなぐ

テレビでの接点として、2008年2月24日放送の日本テレビ系『Music Lovers』があります。当時の音楽ナタリーは、一青からの呼びかけで中村との共演が実現し、「友達の詩」と「茶番劇」をつなぐ特別なメドレーが披露されると伝えていました。

「友達の詩」は中村の代表曲、「茶番劇」は一青の歌。二人で一曲を共作するより前に、それぞれの歌を持ち寄る機会があったのです。この放送を初対面や初共演と断定することはできませんが、早くから歌で交流していたことを伝える記録です。

のちには、『クリスマスの約束2009』の「22′50″」にも二人で参加しています。大勢の歌い手の中で声を重ねた接点から、二人の名前を知っている方もいるかもしれません。

「中に書いてもらいたい」――2022年の「あひるの涙」

二人の制作上の役割が一つの曲に残ったのが、「あひるの涙」です。2022年12月18日発売の一青のアルバム『一青尽図』に収録され、作詞は一青窈、作曲は中村 中、編曲は林正樹と、公式の収録曲案内に記されています。

CBCラジオが公開した一青の出演記事によると、歌詞のもとになったのは、ファンから募った恋のエピソードでした。男性が男性に思いを寄せた話から詞を書き、一青は中村に作曲を頼もうと考えたといいます。出来上がった曲には、中村ならではの節回しと、ふと怖さを感じさせる瞬間がある、と一青は話しています。

寄せられた物語を一青が詞にし、その詞を中村が旋律へ運ぶ。歌詞を二人自身の経験と決めつけることなく、この制作の受け渡しに耳を向けると、長く交流してきた相手へ作曲を託した意味が見えてきます。

2024年、歌謡曲を歌い、演じる仲間へ

共作の後、2024年6月1日に日本橋三井ホールで開かれた『第一回歌謡サスペンス劇場』へ、一青がゲスト出演します。中村が歌謡曲の魅力を掘り下げるために企画した公演です。

中村は先のインタビューで、2022年に一青へ曲を書いた頃、ちょうどこの企画を考えており、それを縁に出演を依頼したと説明しています。SPICEに掲載された本人インタビューの公演情報には、澤田育子が脚本を担当することも記されています。歌を聴かせるだけでなく、芝居の要素も交えながら歌謡曲を届ける場に、親しい歌い手を迎えたのでした。

テレビで互いの持ち歌をつないだ二人は、共作を経て、今度は中村が作る新しい舞台を一緒に担います。

2026年5月、共作した歌を言葉で読み直す

2026年5月3日には、中村がナビゲーターを務めるJ-WAVE『J-WAVE SELECTION DAIWA HOUSE TROUBADOUR』へ、一青がゲスト出演しました。

歌詞を読み解くことを軸とする番組で、この回の選曲テーマは「悩み」。局の告知には、二人のセッションと「あひるの涙」をめぐる対話が案内されています。中村は収録を振り返り、曲について話す中で涙する場面もあり、この歌をさらに大切に思える時間になったと記しています。

作って終わりではなく、年月を経て作り手同士でもう一度語り合う。この本人コメントからも、この歌が二人にとって続いている作品であることが伝わります。

20周年の舞台で、二人の声になる

その翌月、6月19日の中村 中20周年公演『饗宴』へ、一青が登場します。会場は東京国際フォーラム ホールC。公式ライブレポートは、二人が「あひるの涙」を共に歌ったことを伝えています。セットリストには「もらい泣き」「思い出とかでいいんだ」の共演も残っています。

一青の言葉に中村が曲をつけ、一青の作品として発表した歌を、今度は中村の節目の舞台で二人が歌う。この流れには、先輩と後輩という出発点から、互いの表現を託し合う作り手、そして隣で歌う共演者へと広がった関係が表れています。

デビュー間もない中村に、一青が関心を伝えたこと。その後も音楽に親しみ、歌を持ち寄り、一つの曲を作ったこと。「あひるの涙」の二人の声へ至る道は、そうした具体的なやり取りからたどることができます。