二人の名前が並ぶ「ありがとう」

井上陽水と奥田民生。それぞれの歌を知っている人にとって、二人の名前がそのまま並ぶ「井上陽水奥田民生」は、少し気になるユニット名です。

その最初のシングルが、「ありがとう」。1997年2月13日に発売されました。二人はこの曲の作詞・作曲をともに手がけています。発売元の作品情報・ヤマハの詞曲表記

二人が一緒に曲を作るようになったのは、このユニットよりも前のことでした。他の歌手へ渡した曲を入口に、二人自身で歌う一曲へ進んでみます。

小泉今日子の歌を、一緒に作る

1994年11月14日、小泉今日子の「月ひとしずく」が発売されます。作詞には小泉、井上、奥田の三人、作曲には井上と奥田の名前が並んでいます。奥田民生の公式参加作品記録

共同で作った曲にも、それぞれが手を動かした部分があります。2007年の二人へのインタビューで、奥田はこの曲の詞と曲について、前半を自分が、後半を井上が作ったと説明しています。完成した作品を知ってからこの話へ戻ると、一曲の中で二人が受け渡したものに耳を向けたくなります。

小泉に歌を渡した側から辿るなら、奥田民生と小泉今日子の記事へ。今回は、その共作者だった二人を追いかけます。

提供曲の先で、自分たちのユニットへ

1996年5月には、PUFFYの「アジアの純真」が発売されました。奥田の公式記録には、同年5月13日発売のシングルで作曲とプロデュースを担当したことが残っています。フォーライフのユニット公式プロフィールも、この曲を二人の共作として、1994年の「月ひとしずく」に続く歩みに置いています。

そして1997年、二人は「井上陽水奥田民生」を結成します。他の歌手の作品で並んでいた名前が、今度は歌い手の名前としても並ぶことになりました。

「ありがとう」の発売時、井上は48歳、奥田は31歳。それぞれに活動を重ねてきた二人が、一つの名義で出した最初のシングルです。

なお、Sonyのサイトには2005年3月24日発売の商品もあります。これは8cmから12cmへのリサイズ盤で、同じページに原発売日が1997年2月13日と明記されています。Sonyの再発情報

『ショッピング』で、提供した歌も自分たちのもとへ

シングルの翌月、1997年3月19日にはアルバム『ショッピング』が発売されます。発売元の曲順を見ると、9曲目に「月ひとしずく」、11曲目に「ありがとう」、12曲目に「アジアの純真」が並んでいます。

他の歌手に渡した二曲と、ユニットの最初のシングルが、一枚の中へ収まる。ここまでのつながりを知ってから曲順を見ると、アルバムは二人の共同作業を辿り直す入口にもなります。「月ひとしずく」は小泉の1994年シングルと、こちらのアルバムに収めた録音を聴き比べてみたいところです。

日本音楽制作者連盟の作品記録では、「ありがとう」の作詞・作曲にも二人の名前を確認できます。提供曲の作者を辿ってきた道が、ここで二人自身の作品へつながります。

一緒に歌うと、もう一つのやり取りが生まれる

2007年のインタビューでは、井上が「ありがとう」のハーモニーについて、久しぶりに歌うと以前とは違うパートを歌っていた、と笑いながら振り返っています。二人で作ることに加えて、声を合わせるときにもやり取りがある。その様子が伝わる話です。

井上の公式年譜には、2006年12月20日の「パラレル・ラブ」でユニットを再結成したことも記されています。「ありがとう」から始まった名義は、間を置いて再び作品へ結びつきました。

まずは「ありがとう」を聴き、次に『ショッピング』の「月ひとしずく」へ戻ってみる。二人が作った歌を誰が歌うのか、どの名義で届けるのか。その変化を辿ると、井上陽水と奥田民生のつながりが、一曲の共作から広がって見えてきます。