ゆずの歌が、二人の共通語になった
SEKAI NO OWARIのFukaseとNakajinが親しくなるきっかけは、ゆずでした。
2014年の『SMAP×SMAP』でFukaseは、中学生の頃、二人ともゆずが好きだったことから仲良くなったと話しています。同じ教室にいた二人に、話したい音楽ができた。SEKAI NO OWARIとゆずのつながりは、プロ同士の共演よりずっと前から始まっていました。番組で語った出会い
その音楽は、聴くだけのものでもありませんでした。2017年3月17日の『セカオワLOCKS!』で、NakajinはFukaseと中学生の頃に「地下街」を歌っていたことを回想しています。ゆずの二人の声を聴くことが、ハーモニーへの興味にもつながっていました。本人たちの放送後記
自分たちで歌ってみた曲の作者と、いつか同じ録音に参加する。その間にある時間を聴けるのが、「悲しみの傘(ゆず×SEKAI NO OWARI)」です。
誘いは、ニューヨークのライブのあと
共演の話を持ちかけたのは、ゆずの北川悠仁でした。
Fukaseによると、SEKAI NO OWARIのニューヨークでのワンマンライブを北川が訪れ、公演後に声をかけたのが発端です。その後、北川がセカオワハウスを訪ねて選曲を話し合う中で、Fukaseから提案した曲が「悲しみの傘」でした。共演の誘いと選曲の経緯
舞台となったのは、ゆずの20周年を記念するベストアルバム『ゆずイロハ 1997-2017』。ゆずが声をかけた後輩は、いきものがかり、back number、SEKAI NO OWARIの三組でした。発表時のゆずのコメントからは、年下の音楽家たちへの敬意と、一緒に作ることで新しい発見を得た喜びが伝わります。企画の経緯とゆずのコメント
後輩の側には長年聴いてきた曲への思いがあり、先輩の側には一緒に作ってみたい相手への関心がある。「悲しみの傘」は、その両方が重なった選曲でした。
『ゆずえん』の一曲を、2017年に録り直す
「悲しみの傘」は、北川悠仁が作詞・作曲したゆずの初期の曲です。1999年10月14日発売のアルバム『ゆずえん』では14曲目に収められています。『ゆずえん』公式作品情報・作詞・作曲のクレジット
それから約17年半。2017年4月26日発売の『ゆずイロハ 1997-2017』には、SEKAI NO OWARIとの共演版が入りました。三枚組のDISC3、その最後の16曲目です。昔の音源をそのまま並べるだけでなく、ゆずの歌を聴いて育った音楽家と録り直した一曲が、アルバムを締めくくります。共演版の発売日と収録位置
編曲する人にも、同じ曲の思い出があった
この録音には、もう一つ、ゆずを聴いていた人の物語があります。
サウンドプロデュース・編曲を手がけた釣俊輔は、音楽ナタリーの企画で、高校生の頃に初めて人前で弾き語りした曲が「悲しみの傘」だったと振り返っています。ギターのコードに苦労しながら歌った曲を、2017年にはゆず本人と作る側で迎えることになりました。釣俊輔本人の回想
録音に加わったFukaseとNakajinだけでなく、音を組み立てる側にも、その曲を自分の手で弾いた記憶がある。一曲の録り直しを辿ると、ゆずの歌が別々の場所で演奏され、記憶に残っていたことが見えてきます。
好きだった歌に、自分たちの音が入る
共演できたからといって、憧れがすぐに消えるわけではありません。
録音後のラジオで、Nakajinは好きだった曲に自分たちの声や演奏が入っていることに、まだ実感が持てないと話しています。一方、Fukaseが新しいアレンジに感じたのは、原曲の主人公が長い年月を経てもう一度歌っているような変化でした。録音を終えた二人の言葉
1999年の『ゆずえん』版と、2017年の共演版。同じ曲でも、歌に加わる人と、そこまでに過ごした時間が違います。二つを聴き比べるときには、新しく加わった声だけでなく、歌全体の距離感がどう変わったかにも耳を向けたくなります。
中学生の二人を近づけたゆずの歌が、今度は二組を同じ作品の中で結ぶ。「悲しみの傘」の共演版は、好きだった音楽を聴く側から、その続きを一緒に作る側へ進んだ記録です。
同じベストアルバムで生まれた別の共演は、ゆずといきものがかりの「イロトリドリ」へ。路上で歌ったゆずの曲が、のちの共演へつながるもう一つの道を辿れます。