「風をあつめて」の作詞は松本隆、作曲は細野晴臣。はっぴいえんどの仲間だった二人の名前は、バンドの外でも「ハイスクールララバイ」「風の谷のナウシカ」のクレジットに並びます。

自分たちのバンドの歌から、別の歌い手へ渡す歌へ。松本が言葉を、細野が音楽を担う関係を、作品と二人の対談から辿ります。

はっぴいえんどの前から、一緒に作っていた

二人の出会いは、はっぴいえんどより前に遡ります。2015年の本人対談で、松本は高校卒業後の春休みに、アマチュアバンド「バーンズ」の抜けたベーシストを補うため細野に会ったと振り返っています。対談の紹介では、1968年春の出来事とされています。

その後、二人はエイプリル・フールで活動し、大滝詠一、鈴木茂とともにはっぴいえんどへ。松本はドラムスと作詞を担当しました。松本隆の公式プロフィール

対談では、細野に詞を書くよう促されたこと、バーンズとエイプリル・フールの頃から一緒に曲を作っていたことも、松本が語っています。ベースとドラムで音を支える仲間が、詞と曲を持ち寄る仲間でもあったのです。

「風をあつめて」――松本の言葉に、細野の曲

「風をあつめて」は、はっぴいえんどのアルバム『風街ろまん』に収録され、1971年11月20日に発売されました。松本の公式作詞楽曲リストでも、細野の作曲と、このアルバムでの発売を確認できます。初発売を記したソニーの作品紹介・松本隆の公式作詞楽曲リスト

後年の糸井重里との対談で、松本はこの詞を難解だと言われたことを振り返りながら、自分ではシンプルな歌だと受け止めていたと話しています。言葉の意味を一つずつ解くより、歌ったときの心が浮かぶ感覚が聴き手に届いたのではないか、という見方でした。

詞とメロディは、どちらから作るのでしょう。細野は松本との対談で、松本と組むときには詞を先に受け取り、その世界から音楽を形作るやり方を語っています。言葉が先にあるから、思いがけないメロディの展開も生まれる。二人は、そんな作り方の面白さを話していました。

「ハイスクールララバイ」――別の三人へ渡した歌

1981年8月5日、イモ欽トリオの「ハイスクールララバイ」が発売されます。作詞は松本、作曲と編曲は細野。『風街ろまん』から約10年後にも、二人の名前が一つの歌に並びました。発売元のシングル情報・公式作詞楽曲リスト

イモ欽トリオは、番組『欽ドン!良い子悪い子普通の子』の出演者、山口良一、西山浩司、長江健次から生まれたユニットです。はっぴいえんどでは自分たちのバンドに向けて作っていた二人が、ここでは番組から生まれた三人へ歌を渡しています。イモ欽トリオの公式プロフィール

同じ詞曲の組み合わせでも、歌う人と歌が届く場は変わる。その後の共作を知ってから「風をあつめて」に戻ると、バンド時代から続く作り手の関係にも耳を向けられます。

「風の谷のナウシカ」――安田成美の歌手デビューへ

1984年1月25日には、安田成美の歌手デビュー曲「風の谷のナウシカ」が発売されました。松本が作詞し、細野が作曲、萩田光雄が編曲を担当した、映画のシンボルテーマソングです。久石譲による映画音楽とは担当が異なります。原曲の発売日と制作担当

松本の詞、細野の曲に、萩田の編曲と安田の歌声が加わる。バンドの仲間同士の共作が、別の作り手と歌い手を迎えて、一人の歌手の出発点にもなりました。

40年後、同じ歌をもう一度

2024年1月31日、安田は細野のプロデュースによる「風の谷のナウシカ(2024 ver.)」を配信しました。1984年の詞と曲を用いた再録音です。同年7月31日には「銀色のハーモニカ」の2024年版とともに7インチレコードにもなりました。初配信日と詞曲・プロデュース・7インチの発売情報と曲別クレジット

細野の公式コメントによれば、再録音のきっかけは2023年夏に安田から寄せられた希望でした。細野は、80年代の歌を今の時代にどう表現するかに取り組んだと振り返っています。

この版の「風の谷のナウシカ」では、細野がサウンドデザインと鍵盤を担当。原田郁子がアレンジのアイデアとコーラス、角銅真実がアレンジのアイデア、アコースティックギター、フルートで参加しています。松本と細野が作った歌に、40年を経た安田の歌声と、新たな仲間の音が重なりました。

原田郁子の参加からは、高野寛と原田が一緒に書いた歌の記事へ。細野の別のバンドでの仕事は、坂本龍一と高橋幸宏、YMOの記事から辿れます。はっぴいえんどを入口にすると、細野の曲と松本の言葉が、その後もさまざまな声へ渡っていく道が見えてきます。