『厚木I.C.』から五年後

2003年の『厚木I.C.』で、小泉今日子は宮沢和史、高野寛、永積タカシらから歌を受け取りました。それから五年半を経た2008年、小泉が発表したオリジナルアルバムが『Nice Middle』です。

掲げられたテーマは「ミドル・エイジ」。TOKYO No.1 SOUL SET、ASA-CHANG、鈴木正人、藤原ヒロシら、さまざまな音楽家が集まりました。その中に、大橋トリオとして活動を始めていた大橋好規もいました。

大橋が関わったのは「恋する男」と「あなたと逃避行」の二曲。どちらも小泉が詞を書き、大橋が曲と編曲を担っています。

「大橋トリオ」ではなく、大橋好規として

大橋好規は、映画やCMの音楽、他の歌手への楽曲提供やサポートを手がけながら、2007年にソロプロジェクト「大橋トリオ」を始動しました。『Nice Middle』への参加は、大橋トリオがメジャーデビューする前年にあたります。

アルバムのクレジットに記された名義は「大橋好規」。表に立って歌う大橋トリオと、誰かの声のために音を作る作家・編曲家が、同じ時期に並んでいたことがわかります。

視線を反転させる「恋する男」

「恋する男」は、題名のとおり恋をする男性を描いた歌です。歌っているのは小泉今日子ですが、詞の視線は歌い手自身ではなく、恋する男へ向けられています。

小泉が言葉で人物を立ち上げ、大橋が旋律と編曲でその情景を包む。小泉は歌手であると同時に物語を書く人、大橋は曲を提供するだけでなく、その物語が響く場所まで整える人として一曲に並びました。

二人称へ近づく「あなたと逃避行」

同じアルバムの終盤に置かれた「あなたと逃避行」も、小泉の作詞、大橋の作曲・編曲です。

「恋する男」が一人の人物を見つめる題名なのに対し、こちらは「あなた」と共にどこかへ向かう題名を持ちます。二曲は同じ役割分担で作られながら、他者を眺める歌と、相手へ呼びかける歌という異なる距離を描いています。

一曲だけの偶然ではなく、同じアルバムで二度、小泉の言葉を大橋が音へ変えた。その反復が、二人の共同制作をはっきりしたものにしています。

歌を受け取る人から、言葉を渡す人へ

『厚木I.C.』では、宮沢和史が書いた「モクレンの花」や「ピアノ」を小泉が歌いました。『Nice Middle』では、小泉自身が書いた言葉を大橋好規へ渡し、旋律と編曲を受け取っています。

小泉今日子を軸に作品を並べると、歌を提供される側と詞を渡す側は固定されていません。歌手、作詞者、俳優という複数の顔が、共に作る相手によって違う角度から現れます。

二曲から、次の音楽へ

「恋する男」と「あなたと逃避行」は、小泉今日子と大橋トリオを作品とクレジットで結ぶ、確かな二本の線です。

この翌年、大橋トリオはメジャーデビュー。やがて京都で姉妹によるピアノ連弾ユニットKitriの音源と出会い、その才能を見いだしてプロデュースすることになります。

小泉が書いた言葉に音を着せた大橋は、後に新しい音楽家の作品全体を支える人になる。『Nice Middle』の二曲は、小泉今日子から大橋トリオへ、そしてさらに先の音楽へ歩いていくための入口です。