若いころの大貫妙子と坂本龍一は、音楽を作るだけの間柄ではなかった。坂本は、大貫と山下達郎と三人で麻雀をし、三晩続くこともあったと振り返っている。人数を増やしたくなると、伊藤銀次を呼んだ。山下が実家の車でやって来て、夜を明かしたあとに定食屋へ向かう。そんな時間を共にした仲間だった。坂本本人の回想
やがて大貫の歌に坂本が編曲を施し、坂本の曲に大貫が言葉を乗せるようになる。その長い往復の先にあるのが、2010年の共同アルバム『UTAU』だ。
『ROMANTIQUE』に残る、曲を渡す側と受け取る側
1980年7月21日発売の『ROMANTIQUE』では、大貫が全10曲の詞と曲を書いている。坂本が編曲したのは、そのうち6曲。冒頭の「CARNAVAL」では、ローズ・ピアノとProphet 5も担当した。大村憲司のギター、細野晴臣のベース、高橋幸宏のドラム、松武秀樹のプログラミングも、公式の曲別クレジットに並ぶ。本人公式の原盤クレジット
アルバム全部を坂本が編曲したわけではない。加藤和彦や清水信之が担う曲もある。一枚の中で、大貫の詞曲を複数の音楽家が受け取り、それぞれの音にしている。
大貫は2023年のJ-WAVE出演時、年月を重ねるうちに、どんな曲を渡せば坂本がすぐ作業を始めるかが分かるようになったと話した。進まないときには、その曲をいったんやめることもあったという。坂本がコードを変えると、自分の曲が別の世界になる。その変化を、大貫は上質な服へ着替えるようなものとして語っている。大貫本人が語る制作のやり取り
長い付き合いだから、何でも言うとおりに進むわけではない。曲を渡したあとに起こる変化も含めて、二人の制作は続いてきた。
今度は、坂本の曲を大貫が歌いたい
2009年の共同記者会見で、坂本は、大貫から自分の曲に詞をつけて歌い、アルバムを作りたいという話があったと説明している。その年の共演は、翌年の作品へ向かうお披露目でもあった。二人の共同記者会見
2010年11月10日、共同プロデュースによる『UTAU』が発売された。大貫のヴォーカルと坂本の鍵盤が向き合う作品で、公式クレジットにはピアノに加え、チェレスタとローズも記されている。初発売日・全曲と担当
収録曲「3びきのくま」は、坂本の器楽曲「koko」に大貫が詞をつけたもの。「Antinomy」「Flower」でも、すでにある音楽へ新しい言葉を置いている。大貫が書いた曲を坂本が編曲する関係から、今度は坂本のメロディーを大貫が聴き、言葉を探す関係へ。役割の向きが変わっている。
一方、「a life」は、大貫の作詞と坂本の作曲による一曲。後に『日本沈没2020』の主題歌となったが、アニメのために2020年に生まれた曲ではなく、2010年のアルバムに収められた歌だ。J-WAVEで語られた「a life」
同じ部屋にいなくても、音から呼吸が伝わる
札幌・芸森スタジオでの録音について、大貫は2024年のトークで、二人はそれぞれ別のブースに入り、ヘッドフォン越しの気配を感じながら合わせたと話している。姿が近くに見えるから合うのではなく、相手の音の中にある呼吸を聴く。速さが揺れても、二人が合うところを探していく演奏だった。録音と演奏を振り返る本人トーク
ただし、札幌で一緒に録った歌が、すべてそのまま完成盤に使われたという話でもない。同じトークでは、当時の取材を踏まえ、後に横浜で歌を録り直した経緯も紹介されている。スタジオで音を交わした時間と、最終的な録音の仕上げは分けて受け止めたい。
大貫が坂本の耳のよさを語るときに使ったのが「犬の耳」という呼び方だ。録音中、坂本は悲しいからではなく、音に反応して涙が出ることがあったという。この回想は若いころの録音にも及ぶもので、『UTAU』の特定の一曲で起きた出来事とは限定されていない。音に涙する坂本を語る大貫
2020年、再び同じ舞台へ
2020年12月20日、人見記念講堂で開かれた大貫妙子のシンフォニック・コンサートに、坂本がゲスト出演した。千住明の指揮によるオーケストラとバンドが加わる、二人だけの『UTAU』とは異なる編成の舞台だ。公式作品案内には、大貫作詞・坂本作曲の「Tango」も収録されている。公演日・出演と収録曲の公式記録
同じ「Tango」は、『UTAU』では大貫の歌と坂本の鍵盤による版として聴ける。曲があって、相手がいて、編成や時代が変わる。そのたびに二人は、同じ歌にもう一度向き合っていた。
坂本の自伝からCINRAが紹介した一節では、二人の間柄は親戚のようなものになり、『UTAU』で音楽家同士の新しい関係が築けたと振り返られている。若い日の近さを、そのまま持ち続けたのではない。長い時間の中で変わってきた相手と、それでも新しく音楽を作る。その姿が、このアルバムに残っている。
大貫の別の音楽の出発点は、山下達郎とのシュガー・ベイブの記事へ。坂本の鍵盤が別の歌い手と出会う場面は、矢野顕子『ごはんができたよ』の記事からも辿れる。