「悲しい気持ち」に並んだ三人の名前

桑田佳祐の「悲しい気持ち(JUST A MAN IN LOVE)」を聴くとき、声の向こう側で音を組み立てた人の名前にも目を向けてみます。

1987年10月6日に発売された、桑田のソロデビューシングル。公式の編曲欄には、小林武史、桑田佳祐、藤井丈司の三人が記されています。小林はキーボードとシンセサイザー、藤井はドラムやシンセサイザーのプログラミングなどを担当しました。小林は、ソロとして最初に送り出す一曲を、桑田とともに形にする場所にいたのです。発売情報公式クレジット

発売時、桑田は31歳、小林は28歳。生年月日と発売日を照合すると、二人の共同作業はこの年齢の時点で作品に残っています。桑田の生年月日小林の生年月日

桑田の納得する音を探す

この接点を考えるうえで、もう一人の編曲者、藤井丈司の名前が手がかりになります。

小林はTOKYO FM「空想メディア」で、桑田との出会いを尋ねられた際に藤井の名前を挙げています。YMO周辺の音楽に関わってきた小林にとって、桑田はそれまでとは異なる個性の作り手でした。桑田がどんな音に納得するのかを探ることに、制作の面白さを感じていたと振り返っています。本人の回想(TOKYO FM+配信記事)

歌い手の注文を音に置き換えるだけでなく、相手の判断を確かめながら、自分にもまだ見えていない仕上がりを探す。二人の編曲クレジットを、この回想と重ねて読むことができます。

翌1988年7月9日には、アルバム『Keisuke Kuwata』が発売されました。「悲しい気持ち」は、ここにも収められています。一枚のシングルで聴いた音が、桑田名義のアルバムの中へ続いていきます。アルバム公式情報

ソロの仕事から「真夏の果実」へ

二人の名前が並ぶ場所は、桑田のソロ作品にとどまりません。

1990年7月25日発売のサザンオールスターズ「真夏の果実」。編曲はサザンオールスターズと小林武史の共同名義で、小林はキーボードの演奏者としても記載されています。映画『稲村ジェーン』のテーマ曲として知られる一曲にも、曲の組み立てと演奏の両方に小林の仕事が残っています。公式クレジット・発売情報

「悲しい気持ち」では桑田個人のソロ曲で並んだ名前が、今度はバンドとの共同編曲として現れる。同じ二人を追っていても、作品ごとに制作の輪が変わるところが興味深い点です。

小林は2020年のJ-WAVE「WOW MUSIC」でも、桑田との出会いを、自分の音楽への向き合い方が変わる契機として語っています。音楽が人の暮らしに寄り添うことへの関心が深まったという回想です。共同制作で変わったものは、作品の音だけではなかったのでしょう。J-WAVEによる番組記録

「奇跡の地球」で広がる制作の輪

1995年1月23日には、桑田佳祐&Mr.Childrenの「奇跡の地球(ほし)」が発売されます。作曲は桑田、編曲は小林武史とMr.Children。ここでも、小林は桑田の曲を形にする側にいます。作品公式情報公式クレジット

桑田のソロ、サザンオールスターズ、そしてMr.Childrenとの作品。名義が変わっても、作曲・編曲・演奏を辿ると、小林と桑田の共同作業が見えてきます。

二人の関係の長さは、単に古くから知り合いだったという話に収まりません。1987年のソロデビュー曲から、異なる顔ぶれの中で同じ作り手の名前が重なっている。その積み重ねを知ってから聴き直すと、よく知っている一曲にも、別の入口が見つかります。

小林の仕事は、小泉今日子「あなたに会えてよかった」では作曲と編曲へ、小倉博和とBank Band「forgive」では別の音楽家たちとの共同制作へ続きます。