姪が薦めた音楽から
原田知世と川谷絵音の共同制作は、身近な人が薦めた音楽から始まりました。
デビュー40周年に向けたアルバム『fruitful days』の制作中、原田は、長年の音楽的パートナーである伊藤ゴローと新しい作り手を迎えることを考えていました。当時10代だった姪に相談すると、indigo la Endの曲を薦められます。好きな曲を選んで聴かせてくれた姪の言葉が、川谷への依頼につながりました。
原田が歌ってみたかったのは、川谷の、地声とファルセットを行き来するメロディでした。伊藤も交えた最初の顔合わせはオンライン。原田は、そんな声の使い方に自分も挑戦したいと伝え、制作を川谷に託します。
聴く人が見つけた相性を、歌い手自身が試してみる。二人の最初の曲「ヴァイオレット」は、その一歩から生まれました。
「ヴァイオレット」で、高い声へ
「ヴァイオレット」は2021年12月1日に先行配信され、12月15日にCDシングルとして発売されました。川谷が作詞・作曲・編曲・サウンドプロデュースを担当しています。
曲の着想は、川谷がアニメ『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』を観たことにありました。依頼された主題歌ではなく、自発的にイメージして作り始めた曲です。自分のバンドで歌うか迷っていたところへ原田から依頼が届き、その声を思い浮かべながら制作が進みます。
原田にとっては、好きな曲を受け取ることが、歌い方を学び直すきっかけにもなりました。2022年の本人インタビューでは、地声とファルセットを滑らかにつなぐ表現に取り組みたいと川谷へ話したことを振り返っています。
曲別の公式クレジットには、伊藤ゴローのボーカルプロデュースも記されています。長く一緒に歌を作ってきた人と、新しく曲を届けた人。その両方が、一つの録音に関わっていました。
「カトレア」で、低い声も聴いてみたい
次の共同制作は、2024年11月1日に先行配信された「カトレア」。11月27日発売のミニアルバム『カリン』に収録され、再び川谷が詞・曲・編曲・サウンドプロデュースを手がけました。
川谷は公式コメントで、今回は原田の姿を思い浮かべ、優しい作品にしたかったと説明しています。花言葉の「優美」が、原田に似合うと考えたタイトルでした。
高い声が印象を残す「ヴァイオレット」の次に、川谷が聴いてみたかったのは原田の低い声です。同じ歌い手に、違う音域と音の運び方を用意する。二度目の依頼は、一度目の仕上がりをなぞるだけのものにはなりませんでした。
原田も、出来上がった曲の世界がはっきり見えているからこそ、その中で自分がどう歌うかを考えられると、川谷との制作について語っています。聴き手には自然に届く歌も、歌い手にとっては練習を重ねて近づく、新しい表現でした。
歌を受け取った人から、作った人へ
「ヴァイオレット」は、のちにindigo la Endでもセルフカバーされました。川谷は、原田の声で完成した曲を聴いて、自分でも歌いたくなったと対談で話しています。
曲を渡す、歌ってもらう。その声を聴いた作り手が、今度は自分の声で曲へ戻る。この往復も、二人の関係の面白いところです。
原田にとって新しい歌い方への入口になった曲が、川谷にとっても、自分で歌う理由を見つける曲になりました。
「阿修羅のように」で、ダンスミュージックへ
2025年7月23日発売の『アネモネ』には、三度目の共同制作「阿修羅のように」が収録されました。今回も川谷が作詞・作曲・編曲・サウンドプロデュースを担っています。
川谷が目指したのは、原田の声によるミニマルなダンスナンバーでした。公式コメントでは、三部作にまとめることより、新しい原田の姿を探すことを考えていたと説明しています。
この方向へ進むきっかけも、二人の会話の中にありました。2024年の対談で川谷が原田にダンスミュージックが合うと話し、対談後、その提案を受けて次の依頼が決まったと原田は振り返っています。
原田は、速いテンポと細かく動く演奏に引っ張られず、歌は落ち着いて保つことを意識しました。仮歌を聴いた川谷からは、原田らしい優しい歌い方を生かしながら、リズムの出し方や言葉のアクセントを調整する助言が届きます。そのやり取りを経て歌を録り直したことが、仕上がりにつながりました。
一曲を好きになるところから
「ヴァイオレット」で高い声へ、「カトレア」で低い声へ、そして「阿修羅のように」でリズムへ。三曲を辿ると、原田の声を知るたび、次に試したいことが増えていく制作の流れが見えてきます。
入口は、姪が選んだindigo la Endの曲でした。その音楽を好きになった原田が、川谷に曲を頼む。出来上がった歌を川谷も好きになり、さらに別の声の表情を思い描く。歌う人と作る人の両方が、一曲の先に次の可能性を見つけています。
原田の音楽を別の角度から辿るなら、伊藤ゴローとの長い伴走へ。『アネモネ』で再び合流する音楽仲間との関係は、高野寛と原田知世の記事でも紹介しています。