あのイントロのギターは、誰が弾いた?
「もう恋なんてしない」と聞いて、歌い出しより先にイントロが浮かぶ方もいるでしょう。その中で、旋律をなめらかにつなぐギターを弾いているのが、佐橋佳幸です。
歌っているのは槇原敬之。作詞・作曲・編曲も槇原が手がけています。よく知る歌の入口に、もう一人の音楽家の仕事がある。今回は、この二人が録音の現場で重ねた音を辿ります。
1992年、23歳と30歳の一曲
「もう恋なんてしない」は、1992年5月25日発売の5枚目のシングルです。日本テレビ系ドラマ『子供が寝たあとで』の主題歌でもありました。ワーナーの公式発売情報に、その日付が残っています。
翌月の6月25日には、3枚目のアルバム『君は僕の宝物』にも収録されました。アルバムでは「INTRODUCTION」「くもりガラスの夏」に続く3曲目です。「遠く遠く」や「冬がはじまるよ」とともに、この時期の槇原の歌を聴ける一枚になっています。
キーボードの旋律に、ギターを重ねる
ここで大切なのは、イントロにあった旋律と、それをどう響かせるかという演奏のアイデアを分けて聴くことです。
2025年に公開されたMikikiのイベント記録で、佐橋はこの録音について自ら説明しています。キーボードが弾いていたフレーズをスライドギターでも弾き、さらにハーモニーを重ねる提案をしたのだそうです。録音用に4チャンネルを使わせてもらい、実際に弾くと喜んでもらえた、と振り返っています。
最初からあるフレーズを受け取り、楽器を替え、音を重ねる。同じ旋律でも、誰がどんな方法で奏でるかによって、曲の入口には違う表情が生まれます。
一度終わりかけた録音に、もう一つの提案
もう少し詳しい経緯は、能地祐子による佐橋本人への取材に残っています。
佐橋はまず12弦ギターを録音し、その仕事を終えようとしていました。ところが、槇原がキーボードで弾いたイントロを気に入り、そこへスライドギターを足すことを提案します。本人の説明では、加わるのはイントロの後半。ジョージ・ハリスンの音楽から得ていた着想が、このセッションでの演奏につながりました。
「あのイントロは佐橋さんだった」と知ったら、次は後半から加わるギターへ耳を向けてみる。その前からあるキーボードとの重なりを追うと、一人で思いついた音がそのまま完成品になったのではなく、スタジオでの提案を受けて形になったことが見えてきます。
提案する人と、受け入れる人
Mikikiの記録で佐橋が話しているのは、演奏の工夫だけではありません。曲がよくなるなら試してほしい、とアイデアを受け入れてくれるアーティストたちと仕事をしてきたことも語っています。
自分の曲を自分で編曲する槇原が、別の音楽家の提案に耳を傾ける。佐橋も、用意された演奏をするだけでなく、曲を聴いて浮かんだ案を伝える。この一曲は、作り手同士のやり取りから音が育つ過程を教えてくれます。
2026年、「都会」で大貫妙子と声を重ねる
二人の関係は、1992年のイントロから、近年の新しい録音へも続いています。2026年1月14日に配信された「都会(槇原敬之 feat. 大貫妙子)」では、佐橋がプロデュース・編曲を担当。ギターとエレクトリックシタールでも参加しています。
PANAM設立55周年企画の第5弾で、大貫妙子が作詞・作曲した歌を、槇原と大貫本人が歌うリメイクです。槇原の公式告知にも、二人の歌唱と佐橋の制作担当が記されています。
佐橋本人への取材によると、きっかけは前年のイベントのリハーサルでした。佐橋が大貫と「都会」を練習していると、そばで槇原も歌っていたそうです。大貫のファンである槇原に佐橋が声をかけ、今回の歌唱へつながりました。録音では大貫から、言葉の置き方について槇原への助言もあったといいます。
公開されたクレジットでは、槇原はボーカルとバックボーカル、大貫はボーカル、佐橋は制作と演奏。それぞれが違う役割を持ち寄っています。なお、ここで扱うのは2026年配信版です。大貫が1977年に発表した原曲の演奏担当とは区別して辿ります。
「もう恋なんてしない」では槇原の曲にギターを重ねた佐橋が、「都会」では大貫の歌を新しく録音する場を作る。あのイントロで知った二人のつながりが、もう一人の歌い手へ広がっていきます。
槇原の別の制作現場へ進むなら、松本人志の詞に曲をつけ、浜田雅功と歌った「チキンライス」の記事へ。佐橋の仕事を辿るなら、松たか子の歌を編曲で支えた『harvest songs』の記事へもつながっています。
いつも聴いていたイントロに、演奏した人の名前を重ねてみる。そこから、同じ歌をもう一度聴く楽しみが始まります。