「釣りに行こう」で重なった声
「二人のハーモニー」より前にも、矢野顕子と宮沢和史は一緒に歌っています。1990年3月1日発売のTHE BOOMのシングル「釣りに行こう」は、矢野を迎えた共演でした。
世田谷文学館の企画展『宮沢和史の世界』で配布されたワークシートには、この曲を矢野と歌いたいと考えていた宮沢が、アルバムを届けて共演につながった経緯が記されています。1989年の『サイレンのおひさま』に入った曲が、翌年のシングルでは二人の声を重ねる録音になったのです。
名前どおり二人で作った歌
その5年後、1995年5月1日、矢野顕子と宮沢和史は「二人のハーモニー」を発表しました。二人の名前を並べたシングルで、歌唱だけでなく、作詞、作曲、プロデュースにもそろって名を連ねています。
同じ歌に二人の声が入るだけでなく、言葉や旋律を作るところから一緒に担う。「二人のハーモニー」という題名を、制作のクレジットからも読み直せる作品です。
提供した歌を、自分の声で歌い直す
二人の別の録音を聴く入口が、宮沢のアルバム『SPIRITEK』に収められた「何もいらない」です。『SPIRITEK』は、他の歌い手へ提供してきた曲を宮沢自身が歌うアルバムとして、2004年1月28日に発売されました。
「何もいらない」は、もともと上條恒彦の2003年のアルバム『お母さんの写真』へ書いた曲です。ここで辿るのは、その翌年の宮沢によるセルフカバー版。作詞・作曲は宮沢、編曲とアコースティックピアノは矢野が担いました。
舞台で重ねた演奏を、録音へ
宮沢は公式解説で、矢野のピアノで歌う機会はライブではあったものの、自分のレコーディングではそれまでなかったと振り返っています。歌の内容や自身の歩みを理解した矢野の演奏に支えられ、歌う楽しさを感じたことも語っています。
「釣りに行こう」での共演、共に書き、共に歌った「二人のハーモニー」、そして宮沢が歌い、矢野が編曲とピアノを担う「何もいらない」へ。同じ二人の関係が、録音ごとの役割の違いから見えてきます。
『SPIRITEK』から広がるつながり
「何もいらない」の原曲版をプロデュースしたのは高野寛でした。矢野と宮沢の録音を起点に、原曲の制作を通じて高野へも辿れます。高野寛と宮沢和史の記事では、ツアーやGANGA ZUMBA、互いの作品への参加を取り上げています。
また、『SPIRITEK』は宮沢和史と小泉今日子の記事にも登場します。人に渡した歌を、自分の声で歌い直す。同じアルバムの別の曲から、もう一つの共同制作へ進めます。
矢野の側からは、坂本龍一と『ごはんができたよ』の記事へ。共作、歌唱、編曲、ピアノという具体的な仕事を手掛かりに、二人から先の作品も辿ってみてください。