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見出した人から、ともに鳴らす人へ――高橋幸宏と高野寛
高橋幸宏がオーディションで高野寛を見出し、デビューをプロデュースした約20年後、二人はpupaで同じバンドのメンバーになりました。その関係を三つの作品から辿ります。
STORIES
作品、ステージ、仲間たち。記録の中に残る線を辿った物語です。
高橋幸宏がオーディションで高野寛を見出し、デビューをプロデュースした約20年後、二人はpupaで同じバンドのメンバーになりました。その関係を三つの作品から辿ります。
宮沢和史のツアーを共にした高野寛は、多国籍バンドGANGA ZUMBAの一員となり、その後も作曲や編曲で宮沢の歌に関わりました。二人の役割の変化を三つの作品から辿ります。
浜田雅功と松本人志がGEISHA GIRLSとして歌い、坂本龍一がプロデュースした「少年」。ダウンタウンと教授が音楽で交わった地点を辿ります。
「二人のハーモニー」を共に作った矢野顕子と宮沢和史は、別の作品では作詞・作曲と編曲・ピアノに役割を分けました。
ユニコーンでは全員が同じ役割ではありません。「ペケペケ」で奥田民生が書いた旋律を堀内一史が歌った、その役割の受け渡しを辿ります。
浜田雅功のソロシングル「春はまだか」で、奥田民生は作詞・作曲・編曲・プロデュースを担いました。歌い手と作り手の役割から二人を辿ります。
YMOのワールドツアーに参加した矢野顕子と、アルバム『ごはんができたよ』をプロデュースした坂本龍一。演奏と制作が重なった時期を辿ります。
ユニコーンのEBIこと堀内一史がソロで歌った「八月の漂流者」と「十九回目の普通」。二つの曲を高橋幸宏の編曲がどう結んだのか、クレジットから辿ります。